スマホ規制条例案を考えてみるー法的視点と幼児教育からの視点

愛知県豊明市が提案した「余暇におけるスマートフォンなどの使用は1日2時間以内を目安にする」という条例案が話題になっています。SNSを見る限り否定的な意見が目立つ気がします。大きな影響力を持っている方々も否定的見解を示しています。
ただこの条例は、まずは条例の意味や正当性の問題(法的観点)と、スマホを2時間以上(長時間)子どもに使用させていいか(教育的観点)から分けて議論されるべきだと思います。この議論がごちゃまぜにされている気もしますので、整理しつつ、私やアトム先生の考えをお伝えします。
条例の問題に関わらず、この「スマホは一日○時間まで」「ゲームは○時以降禁止」はよく議論になり、保護者の方もよく判断に迷われる問題です。
ゲームやスマホばかりに夢中になっていて、夜遅くまで画面に向かう姿を見ていると、何となく心配になる保護者の方も多いはずです。しかし、本当に「規制」が子どもの成長にプラスになるのか?
制限しすぎることで、かえって子どもの反発(心理的リアクタンス)が強まるという研究もあります。
今回は、条例についての法的観点からの考えと、そして幼児教育を重視する「リコポ幼児教育」としての子どもとの付き合い方(教育的観点)まで、わかりやすくお伝えします。
1. 条例の概要(2025年8月21日時点)※東京都でも条例案の提出、審議されたこともあります。
条例の中身についての注目点を簡単にピックアップします。
・豊明市は、仕事や勉強の時間を除いた「余暇時間」において、スマートフォン等の使用を1日2時間以内にするよう促す内容の条例案を、2025年9月開催予定の定例市議会に提出。施行目標は 10月1日 です。https://smhn.info/202508-toyoake-city?utm_sourcehttps://www.asahi.com/articles/AST8P26JDT8POIPE01GM.html?utm_source
・「余暇」として対象となるのは、スマホ、タブレット、パソコン、ゲーム機など幅広いデジタル機器にわたる。
・年齢別の目安もあり:
小学生以下:午後9時以降の使用を控える
中学生以上〜18歳未満:午後10時以降の使用を控える形で家族でのルール作りを促進。
※今回の条例案はすべての市民に対して、仕事や勉強、通勤・通学などを除いた個人の余暇時間のス マートフォンの利用時間について、2時間を目安とし、家庭でのルール作りが進むことを目的としていて、子どものみに課しているわけではありません。
・罰則は設けられておらず、あくまで「理念条例」として市民に適切な使用を促し、啓発・相談支援・施策展開・財政措置などを含む内容。←※ここが重要だと思います。
つまり、本条例案は「理念条例」であり、罰則がありません。違反をしたところで何ら罰則があるものではないということで、そんな目くじらを立てるようなものではないということです。
もちろん理念法といえど、社会的圧力や世論形成に影響を与えたり、罰則のある法に変化してゆく可能性もあったりするので、見守り続ける必要はあります。
しかし、当面法的観点からは気にする必要はなく、家庭内の考えのもとに自由にすればいいというのが答えだと思います。
それに、そもそも家庭内のスマホ使用時間を行政が把握するのは不可能です。今の地方行政にそんな時間的余裕もなければ、プライバシーの問題にもつながり、実質的にも規制のしようがない条例です。「行政がこんな考えを持っていますので、みなさんも頑張りましょう」という程度のものです。
※理念法は代表的なものでいえば教育基本法がありますが、あの法律も抽象的な理念であり、直接罰則はありません。
ちなみに元大阪市長の橋下徹氏が教員が「国歌斉唱時の起立・斉唱義務」は従わなければ減給や停職などの罰則を設けていましたが、あの「不起立教員処分」は教育基本法ではなく、学習指導要領(校長、教員は従う義務がある)や、地方公務員法の「職務専念義務」などを根拠に罰則を設けていました。
2. ゲーム規制条例というのもありました
かつて香川県では、「平日は1日1時間、休日は90分」といったゲーム時間制限を盛り込んだ条例案が話題になりました。この時もメディアは大きくとりあげ、条例の正当性をめぐって議論が起こりました。ただ、これも罰則はなく、理念条例です。
ちなみに、こちらも当初はスマートフォン等も対象でしたが、批判を受け「コンピューターゲームのみに」対象を縮小しています。
さらに高校生が「憲法上の自己決定権を侵害する」として憲法違反を訴えるということもありましたが、裁判所は条例に罰則規定がなく、地方自治の範疇であり合理的な目的があるとして合憲と判断しています。
ただ、私はこのゲーム規制条例とスマホ規制条例は「法的観点からは一緒のもの」だが、別の視点を持たなければならないものと思っています。
3. ゲーム規制条例の根拠
この2つはかなり似ているものですが、考えなければならない点は少し異なります。それは科学的な根拠がかなり異なる点です。
香川県のゲーム規制条例はいわゆるゲーム脳を根拠にしていると考えられがちですが、決して「ゲーム脳」を根拠としているわけではなく、WHO(世界保健機関)の「ゲーム障害」や保護者の不安などがこの条例を後押ししています(しかし、推進した人たちはこのゲーム脳を信じていた事実はあるようです)。ゲーム脳は科学的根拠が乏しく、研究者から「データがあまり信用ならない」と批判的に見られています。
ただ、WHOの「ゲーム障害」は確かに医学的に認められています。しかし、この診断基準は「頻度や時間を自分自身でをコントロールできず」「ゲームを何よりも優先してしまい」「さらにその 悪影響が1年以上持続している」ことをもって診断されます。
つまり「生活に支障をきたすほどコントロール不能になった状態」の人が対象であり、全ての子どもや全てのゲーム利用に当てはまるわけではないということです。ゲームの危険性を訴えているわけではなく、こんな症状になった人(ゲームによって依存のかたちになってしまった人)を「ゲーム障害」と診断しようと言っているわけです。
香川県の出した条例は18歳未満は「平日1時間、休日1時間半まで」など、時間的な一律規制を努力義務として定めるものです。
まとめると、WHOの「ゲーム障害」診断基準はケースごとに診断する医療的判断であり、一方、香川県の条例は18歳未満は一律に1時間、もしくは1時間半で規制しようという試みです。
「WHOがゲームの危険性を訴えているから、子どもたちにゲームを規制しよう」とこじつけるのはかなり無理があります。そもそも両者は論理的に全く別物です。
つまり、香川県のゲーム規制条例は「子どもの健康や、脳ためにゲームを規制する」という目的に対して、ゲーム利用時間と悪影響の相関はあるものの、因果関係ははっきりしていなく、著しく科学的妥当性に欠けるといったものと言えます。※相関関係はあり得ます。ゲーム時間が多ければ、勉強時間や家族と過ごす時間は少なくなります。
それではスマホ規制はどうでしょうか。
4. スマホ規制について
スマホ依存については「ゲーム脳」のような根拠不十分な俗説とは異なり、国際的にも医学的に研究されているテーマです。
脳科学的研究
MRIを使った研究では、スマホ依存傾向が強い人の脳は「前頭前野(自制や意思決定を担う)」や「報酬系(快楽やドーパミンの経路)」に異常な活動が見られることが報告されています。これは薬物依存やギャンブル依存と似た特徴です。
心理学的研究
スマホ依存傾向が強い人は、注意力の低下、睡眠の質の悪化、学業成績の低下、不安や抑うつのリスク増加が確認されています。
疫学的データ
日本でも厚生労働省や文科省の調査で「高校生の約5割がスマホ利用を自分でコントロールできないと感じている」との結果があります。
以上から、薬物依存に近い神経学的変化や、生活への悪影響が確認されています。
現在でも「スマホ依存」という病名は存在しませんし、そのような診断されることもありませんが、行動依存症の一部として扱われるようです。※ちなみに依存というのは単に長時間使用することではなく、睡眠不足や、人間関係の破綻、学業や仕事への支障が出ることです。
韓国や中国では「インターネット・スマホ依存クリニック」が設立されるほど若年層で問題化しているようで、今後の研究次第で「スマホ依存症」としてICDやDSMに登録される可能性もあると言えます。
つまり、科学的根拠の薄弱なゲーム規制条例に比べて、今回の「スマホ規制条例」は、科学的根拠はそれなりにあります。その点においては、このスマホ規制条例とゲーム規制条例は分けて考える必要はあるかもしれません。
まとめ:規制ではなく“関わり”が大事
もちろん、科学的根拠があるからと言って、法で一律に制限すればいいというのは全く別問題です。
だからこそ教育的な視点からこの問題をしっかりとらえる必要があります。
インフルエンサーもこの問題について論じていますし、家庭内において「子どものスマホ使用」について話し合われるかもしれないということで、それなりに条例の発案意義はあったのかもしれません。
スマホやゲームの規制条例は、短期的な安心感を与える一方で、科学的根拠や心理への配慮が不十分なものがあります。私たちは「一律的な制限」ではなく、子ども一人ひとりに「関わること」が重要と考えます。
ただ、ゲームやスマホを規制するのではなく、どういう想いを持ち、子どものどんなところを見て制限するのか。「子どもの教育」の観点から「スマホと子どもの関わり方」について鈴木アトム先生と私の見解をお話しします。
長くなり過ぎましたので、本日はここで終わります。今回は条例案に対しての情報整理で終わってしまいました。申し訳ございません。
※私は法学部出身でして、今日はついつい法的な視点からの見解がメインになってしまいました(本当は今日1回で終わらせる予定だった・・・)。ちなみにアトム先生は教育学部出身、しかも発達教育学専門です。
https://lycopo.com/リコポ幼児教育の頼れる教育アドバイザー-アトム/