発達行動遺伝学とは?幼児教育がとても大事な理由

皆さんは「発達行動遺伝学」という学問をご存じでしょうか。
「才能は生まれつきか?それとも環境か?」はよく聞くテーマですが、この学問もその疑問に対して一つの考え、答えを提示しています。
近年、発達行動遺伝学という学問が、勉強、学習などの認知能力だけでなく、「やる気」「自己制御」「協調性」といった非認知能力も、遺伝と環境のどちらにどれだけ左右されるのか、実験によって示しています。
その発達行動遺伝学の中で、幼児教育はどう位置づけられるのか。本記事では、「発達行動遺伝学とは何か」「どんな研究があるか」「認知能力・非認知能力との関係」「幼児教育とのつながり」などをわかりやすく、最新のデータとともに解説します。興味深い事実がたくさんありますので、一緒に学んでいきましょう。
発達行動遺伝学とはどんな学問で、どんな考えか
- 定義:発達行動遺伝学は、「人間の心理的・行動的特徴(行動、能力、性格など)」がどの程度遺伝によって説明できるか、また環境(家庭・教育・社会など)がどれほど影響するかを、特に発達(年齢による変化)という観点で研究する学問です。
- 基本的な考え方
- 遺伝と環境がどちらも重要。単純に“遺伝か環境か”ではなく、両者の相互作用や、遺伝による環境の選び取り・変化という考えがあります。
- 発達段階で遺伝影響や環境影響の割合が変わる:幼児期、児童期、思春期、成人期などで「どちらの影響が強いか」が異なってきます。
- 共有環境(兄弟姉妹が共に経験する環境)と非共有環境(個々人特有の経験)を区別して考える。
ひとまず基本的な考え方の2番目の点に注目してください。つまり、遺伝子の要素と、環境の要素は年齢によってどのくらい影響を及ぼすのか、どのくらいの比率になっていくのかを研究が明らかにしてくれています。
皆さんはどうでしょう。一般的に幼児期の方が遺伝的要素(例えばすぐに言葉を覚えたり、運動ができたるする子どもがいるなど)が強くて、だんだん環境要素(たくさん勉強させる、受験勉強のために塾に通わせる、スポーツなどでたくさん練習すれば能力は伸びていく)の比重が重くなると考えているかもしれません。
研究の内容や結果を見ていきましょう。
どんな研究が行われているか
以下のような手法とテーマがあります。
研究手法 | 内容 |
---|---|
双生児研究 | 一卵性双生児(遺伝子ほぼ100%同じ)と二卵性双生児(遺伝子共有率約50%)を比較することで、遺伝と環境の寄与を推定します。 |
養子研究 | 生物学的親と養親との関係を利用し、育ての環境と遺伝の影響を分離する。 |
遺伝子解析・ゲノムワイド関連解析 | 遺伝子の特定の多型を調べて、能力・性格など行動表現型との関連を探る。複数の遺伝子を総合した遺伝的リスクや傾向のスコアなども使われる。 |
縦断研究 | 同じ子どもを長期間追って、能力や性格が年齢とともにどう変わるか、遺伝と環境の影響がどのように移り変わるかを測定する。 |
主な研究テーマ例 ※何個かテーマはありますが、今回は幼児教育として重要な2つを取り上げます。
- 知的能力(IQ/一般認知力)が年齢とともにどのように遺伝率が変化するか。
- 学業成績が単なる知能だけでなく、性格・やる気などを含めたさまざまな特性の遺伝的・環境的影響を受けているか。
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研究結果はどうだったか
見やすく、表にしてまとました。
テーマ | 主な結果 | 数字で示された遺伝性・環境性など |
---|---|---|
認知能力の遺伝率の年齢変化 | IQ 等の一般認知能力の遺伝性は、年齢と共に上昇する。小児期より、思春期・成人期にかけて遺伝の影響が強くなる。 | 例:9歳時点で遺伝率約41% → 12歳で約55% → 成人期で約66%。 一般的な認知能力の遺伝率は幼少期から青年期にかけて直線的に増加する(PMC) |
認知能力の遺伝性 | 非認知スキル自体にも遺伝性が中〜高程度ある。性格、自己制御、モチベーション等。 | この研究で、非認知力(教育特定・自己制御など)の遺伝率が、自己報告や親報/教師報で9歳時点でも70〜93%という高いものがあったものも。 非認知能力と学業成績の発達との遺伝的関連性(Nature) |
これもひとまず私が太字にしている箇所に注目してください。
「IQ 等の一般認知能力の遺伝性は、年齢と共に上昇する。」ここが重要です。つまり、実は先ほど私が書いたイメージとは逆で、遺伝子の要素は年齢が上がるにつれ比重が重くなっています。年齢が上がれば上がるほど、遺伝的要素が実は高くなっていきます。
そして、幼児の時期(9歳~とありますが、幼児期とお考えください。幼過ぎる子どもは人道的になかなか研究・実験できません)こそ環境が重要であることがわかります。
下記に詳細に書きます。
※ 参考 PMC 一般的な認知能力の遺伝率は幼少期から青年期にかけて直線的に増加する
Nature 非認知能力と学業成績の発達との遺伝的関連性
認知能力との関係
認知能力とは通常、「知能」「言語理解」「記憶力」「処理速度」「推論能力」など、テストで測定できる能力です。
発達行動遺伝学の研究では、認知能力の遺伝率は幼児期は中程度(30~50%)、児童期〜思春期には50~70%、成人期にはより高くなるという傾向があります。前述の研究で、9歳で約41%、12歳で約55%、成人期で約66%という遺伝率の報告がなされています。
つまり、環境の影響が幼い時にこそ大きく今後の能力に影響します。幼児期における家庭の言語環境、教育刺激、栄養、育児スタイルなどが、認知能力発達において大きな役割を果たしていきます。
非認知能力との関係
非認知能力とは、学力テストなどの「知識・思考力」以外で、学習・生活・社会で成果を左右する能力。例えば「やる気」「自己制御・注意の持続」「協調性」「感情の調整」「性格特性」などのことを指します。
発達行動遺伝学の最新研究からは、非認知能力もかなりの遺伝性を持つことが分かってきています。上述の Nature の研究などで、モチベーションや自己制御などが、学業成績を認知能力を超えて予測する割合が、年齢が上がるにつれて増えるという結果が得られています。
イングランド・ウェールズの子ども約10,000人を対象とした研究で、9歳 → 12歳 → 16歳という発展の中で、非認知能力の学業成績への予測力が、9歳で約 β=0.10、12歳で β=0.28、16歳で β=0.58 と、年齢とともに大きくなります。
つまり非認知能力の要素は、大きく認知能力(いわゆる学習・勉強の能力)に関わってくるということです。そして、非認知能力は環境の影響(家庭・育児・学校など)からも大きな影響を受けることが多く、「育て方・環境」によって伸ばしやすい部分でもあります。
幼児教育と発達行動遺伝学
幼児教育とは、生後から就学前(0‐5歳など)の期間における教育・環境提供を指します。発達行動遺伝学の観点から、幼児教育は以下のような役割を持つと考えられます。
- 認知・非認知能力がまだ可塑性(変化しやすさ)が比較的高い時期であるため、遺伝・環境のバランスが環境寄与が大きくなる時期がある。
- 幼児期の教育投資は後年の学業・社会的成功のみならず、健康・自己制御・社会性などを含む非認知的な成果にも影響するというエビデンスも多い。
今回は軽くふれます。この幼児教育と発達行動遺伝学の詳しい関係や、教育内容や効果はまたあらためて記事にします。
ヘックマンの「幼児教育の経済学」との関係性
ジェームズ・ヘックマンはノーベル経済学賞受賞者で、幼児教育への投資が社会・経済において非常に高いリターンを生むという研究を行っています。
- 主張の中心は、「早期の幼児教育への投資(特に生まれてから5歳まで、できればもっと早く)」が、認知・非認知能力の両方を発展させ、教育成果・就業機会・健康・犯罪率など多岐にわたって良い結果をもたらす、としています
- 特に恵まれない環境の子どもに対して、幼児教育で初期の能力格差を縮めることで、後年にかかる社会的コストを減らせると主張されています。ヘックマン等の研究では、早期の投資は「コスト効率」が非常に高いとされており、後年になってから遅れを取ったものを取り戻すのはよりコストがかかるとされています。
- また、教育成果のみならず、非認知能力の育成も重視しています。これは発達行動遺伝学で非認知能力の影響が学業成果に年齢とともに増すという最新の知見とも合致します。
※ヘックマンの「幼児教育への経済学」はこちらのブログ記事も参考にしてください。
「幼児教育は最高の投資」ヘックマンが証明する幼児教育の重要性

Q&A(まとめ)
Q1. 発達行動遺伝学は「遺伝で全て決まる」という考え方ですか?
A1. いいえ。遺伝の影響は大きいものの、環境の質によって能力の発現や伸び方は大きく変わります。特に幼児期は環境が与える影響が強いため、家庭や教育の工夫が子どもの将来を左右します。
Q2. 認知能力と非認知能力、どちらを重視すべきでしょうか?
A2. どちらも大切です。認知能力(言語・思考力)は学業の基盤ですが、非認知能力(やる気・自己制御・協調性)は学び続ける力や人間関係を支えます。両方を育てる環境づくりが望ましいです。
Q3. 幼児教育は早く始めた方が良いのですか?
A3. はい。研究では、就学前の幼児期への教育投資が最も効果的でリターンが大きいと示されています。特に3〜5歳の時期は、認知能力だけでなく非認知能力の土台を築く重要な時期です。
☆発達行動遺伝学は非認知能力が、認知能力とは別に、学業成果や人生の成功において重要であることや、幼児期の教育・環境の質が、これらの能力を伸ばすうえで大きな鍵であることを示しています。
次回の記事では、「幼児教育の重要性」「具体的な幼児教育プログラム」「リコポが重視する幼児教育」などもご紹介しますので、お楽しみに。