良質な保育とは?幼児教育と知的・社会情動的スキルの研究
幼児期の教育というと、ひらがなや数字、英語などを早くから教えることを思い浮かべる方もいるかもしれません。
しかし、子どもの将来の学びを支えるのは、知識の量だけではありません。
人の話を聞く力、自分の気持ちを調整する力、分からないことを尋ねる力、失敗してももう一度試す力。こうした力も、学習や人との関係を支える大切な土台です。
研究では、温かく応答的で、子どもの発達を促す良質な保育を経験した子どもは、就学前の知的・言語的な力や社会情動的な力がやや高く、問題行動が少ない傾向が報告されています。
今回は、アメリカの大規模研究をもとに、子どもにとっての「質の高い保育」とは何かを考えます。
目次
- 幼児教育は知識を先取りすることだけではない
- NIH・NICHDが行った大規模な追跡研究
- 良質な保育を受けた子どもに見られた傾向
- 「ポジティブな養育」とは何か
- 日常の保育では何が違うのか
- 幼児期の教育は受験や将来にどうつながる?
- 保護者が満足する保育と、子どもに良い保育は同じ?
- 質の高い保育を見分けるポイント
- まとめ
1.幼児教育は知識を先取りすることだけではない
幼児教育は、小学校の勉強を早く始めることだけではありません。
もちろん、文字、数、ことばに親しむ経験も大切です。しかし、それと同じくらい重要なのが、学ぶための土台を育てることです。
たとえば、次のような力です。
・気になるものに注意を向ける
・大人の話を聞く
・自分の考えを伝える
・順番を待つ
・困ったときに助けを求める
・感情を少しずつ調整する
・失敗しても、もう一度試してみる
・友だちと気持ちや道具を共有する
これらは、知的な力と社会情動的な力の両方に関わっています。
たとえば積み木が倒れたとき、「もう一度やってみよう」と考える力は、単なる積み木の技術ではありません。
集中力、感情の調整、問題解決、試行錯誤する姿勢が含まれています。
幼児期の教育では、正解をたくさん覚えること以上に、子どもが「考える」「試す」「人と関わる」経験を重ねることが大切なのです。
※関連記事です。【早く教えれば伸びる?】ゲゼルの双生児実験から考える
2.NIH・NICHDが行った大規模な追跡研究
アメリカの国立衛生研究所(NIH)に属する国立小児保健・人間発達研究所(NICHD)は、子どもの保育経験と発達の関係を調べる大規模な追跡研究を行いました。
この研究は「NICHD Study of Early Child Care and Youth Development」と呼ばれ、1,300人を超える子どもたちの成長を、乳児期から長期間にわたって追跡したものです。
研究者たちは、子どもが受けた保育について、単に保育施設を利用したかどうかだけを調べたのではありません。
・保育を受けた時間
・保育の種類
・大人一人が担当する子どもの人数
・集団の大きさ
・保育者の教育や研修
・保育者と子どもの実際の関わり方
などを詳しく調べました。
さらに、子どもの言語、認知、就学準備、社会性、行動などを継続的に確認しました。
つまり、「保育は良いか悪いか」という単純な比較ではなく、どのような保育経験が子どもの発達と関連しているのかを調べた研究です。
※参考(NICHD)「NICHD Study of Early Child Care and Youth Development」
3.良質な保育を受けた子どもに見られた傾向
研究では、質の高い保育を経験した子どもに、次のような傾向が見られました。
言語や認知の力がやや高い
温かく、子どもの発言に応え、ことばを多く使って関わる保育を受けた子どもは、乳幼児期の言語や認知に関する成績がやや高い傾向を示しました。
特に重要だったのが、保育者のことばによる働きかけです。
子どもに質問する。
子どもの声やことばに応える。
遊んでいるものについて説明する。
子どもの考えを引き出す。
こうした日常の会話が、子どものことばや考える力と関係していました。
就学準備に関する力がやや高い
質の高い保育を経験した子どもは、4歳半頃の文字や数に関する就学準備の成績も、やや高い傾向がありました。
ただし、これは幼児期に計算問題や漢字を大量にさせればよいという意味ではありません。
絵本を一緒に読む。
数を使って遊ぶ。
子どもの疑問に答える。
比べたり、分類したり、順番を考えたりする。
このような日常の経験も、就学後の学習につながる土台になります。
社会性や行動にも違いが見られた
質の高い保育を経験した子どもは、2~3歳頃に、やや協力的で大人の働きかけに応じやすく、攻撃的・反抗的な行動がやや少ない傾向も報告されています。
また、3歳頃には、ほかの子どもとの関わりがより肯定的である傾向も見られました。
別の分析では、専門的な保育基準を多く満たす施設に通った子どもは、就学準備や言語の成績が高く、保護者から報告された行動上の問題が少ない傾向が示されました。
ただし、これらはあくまで全体として見られた傾向です。
良質な保育を受ければ、すべての子どもが同じように発達するわけではありません。また、この研究は観察研究であり、保育だけが結果を生んだと断定することもできません。
研究では、保育の質との関連は全体として小さく、家庭環境や親子の関わりの方が、より大きな影響を持つことも示されています。
4.「ポジティブな養育」とは何か
NICHDの研究では、保育の質を考えるうえで「ポジティブ・ケアギビング」、つまり肯定的で応答的な養育が重視されました。
ポジティブな養育とは、何をしても褒めることや、子どもの要求をすべて受け入れることではありません。
子どもの様子をよく見て、その反応や発達に合った関わりを返すことです。
具体的には、次のような関わりです。
・穏やかで肯定的な態度で接する
・子どもが不安なときに慰める
・子どもの声やことばに返事をする
・子どもが答えやすい質問をする
・できたことや努力を認める
・遊びの中で新しい考え方を示す
・子どもの興味に合わせてことばを添える
・必要な決まりは、分かりやすく落ち着いて伝える
大切なのは、大人が一方的に教え続けるのではなく、子どもの反応を受け取りながら関わることです。
5.日常の保育では何が違うのか
同じ出来事でも、大人の関わり方によって、子どもの経験は変わります。
積み木が倒れたとき
大人が、
「違うでしょう。こうやって積むの」
とすぐに直してしまうと、子どもは正しい積み方を見ることはできますが、自分で考える時間は少なくなります。
一方で、
「倒れたね。どこに置いたら倒れにくいかな?」
と問いかけ、子どもが試すのを待てば、位置、バランス、原因と結果を考える経験になります。
うまくいかなかったときも、
「もう一回やってみる?」
と支えれば、気持ちを切り替えて挑戦する力にもつながります。
飲み物をこぼしたとき
「何をしているの。だから言ったでしょう」
と強く叱るだけでは、子どもは失敗への不安を強く感じるかもしれません。
「こぼれたね。布巾を持ってきて、一緒に拭こう」
と伝えれば、失敗の後にどう行動すればよいかを学べます。
注意しないということではありません。
「コップは両手で持とうね」と具体的に伝えながら、次にできる行動を示すことが、ポジティブな養育です。
子どもが電車を指さしたとき
大人がスマートフォンを見たまま「そうだね」と答えるだけの場合と、子どもの見ている方向を一緒に見て、
「赤い電車が来たね。速いね。どこへ行くのかな?」
と応える場合では、子どもが得る経験が異なります。
後者では、共同注意、ことば、色や速度への気づき、人と発見を共有する喜びが含まれています。
こうした短いやり取りの積み重ねが、質の高い保育の中心にあります。

6.幼児期の教育は受験や将来にどうつながる?
幼児期の経験は、将来の受験勉強や学校生活とも無関係ではありません。
ただし、幼児期から受験問題を解かせれば、そのまま将来の成績が保証されるという意味ではありません。
受験勉強を続けるためにも、次のような土台が必要です。
・説明を聞いて理解する力
・分からないことを質問する力
・一定時間、課題に取り組む力
・失敗しても気持ちを立て直す力
・自分に合った方法を試す力
・目標に向かって少しずつ続ける力
これらは、中学生や高校生になって突然生まれるものではありません。
幼児期に、遊び、会話、生活、友だちとの関係を通して、少しずつ育っていきます。
たとえば、パズルができずに困っている子どもに、答えをすぐ教えるのではなく、
「形をよく見てみよう」
「向きを変えたらどうかな」
と働きかけることは、将来の問題解決にもつながる経験です。
絵本を読んで、
「この子は、どうして泣いていると思う?」
と話すことは、文章を読み取る力だけでなく、相手の気持ちを想像する力にもつながります。
幼児教育で大切なのは、受験内容を早く終わらせることではなく、後から伸びていくための根を育てることです。
7.保護者が満足する保育と、子どもに良い保育は同じ?
保護者の満足は、とても大切です。
安全に預けられること、説明が丁寧であること、家庭の考えを尊重してもらえることは、信頼できる保育に欠かせません。
しかし、保護者から見て魅力的なことと、子どもにとって質が高いことは、必ずしも同じではありません。
たとえば、
・毎日たくさんのプリントを持ち帰る
・年齢より難しい文字や計算に取り組んでいる
・子どもたちが静かに並んでいる
・大人の指示にすぐ従っている
・発表会の完成度が高い
こうした様子は分かりやすく、成果としても見えやすいものです。
しかし、それだけでは子どもの保育中の経験までは分かりません。
分からない子どもに待つ時間があるか。
失敗しても安心してやり直せるか。
子どもの疑問や発見に大人が応えているか。
嫌な気持ちや困った気持ちを受け止めてもらえるか。
一人ひとりの発達に合った働きかけが行われているか。
こちらの方が、子どもにとっての保育の質を考えるうえでは重要です。
プリント学習や発表会が悪いのではありません。
何を行っているかだけでなく、その活動の中で子どもがどのように扱われ、どのような経験をしているのかを見る必要があります。
保護者にとって見栄えがよい教育ではなく、子どもの発達にとって意味のある教育になっているか。
ここには、しっかりと線を引いて考える必要があります。
8.質の高い保育を見分けるポイント
保育施設やベビーシッターを選ぶときは、教材やカリキュラムだけでなく、大人と子どもの実際のやり取りを見てみましょう。
確認したいのは、次のような点です。
子どもの反応に応えているか
子どもが声を出したり、何かを指さしたりしたとき、大人が気づいて応えているでしょうか。
ことばを豊かに使っているか
指示だけでなく、子どもの見ているものを説明したり、考えを引き出す質問をしたりしているでしょうか。
失敗したときの関わりが穏やかか
失敗を責めるだけでなく、次にどうすればよいかを具体的に伝えているでしょうか。
子どもが自分で試す時間があるか
大人が先回りして完成させず、子どもが考えたり、やり直したりする時間が確保されているでしょうか。
一人ひとりに目が届いているか
大人一人が担当する子どもの人数が多すぎず、表情や体調、興味の変化に気づける環境になっているでしょうか。
家庭と丁寧に情報を共有しているか
「できた・できなかった」だけでなく、何に興味を持ち、どう考え、どのような援助をしたのかが伝えられているでしょうか。
質の高い保育は、立派な教材の数だけで決まるものではありません。
子どもが毎日どのように見守られ、話しかけられ、応えてもらっているか。その日常の積み重ねに表れます。
9.まとめ
質の高い保育を経験した子どもは、就学前の言語、認知、就学準備、社会性などがやや高く、問題行動が少ない傾向を示すことが研究で報告されています。
ただし、その関連は大きなものではなく、家庭環境や親子の関わりも非常に重要です。
「良い保育を受ければ必ず成功する」
「幼児期に十分な教育をしなければ手遅れになる」
ということではありません。
幼児期の教育で大切なのは、難しい知識を急いで覚えさせることではなく、子どもの声や視線、疑問、挑戦に大人が丁寧に応えることです。
温かく見守る。
話を聞く。
考える時間を待つ。
失敗した後の行動を一緒に考える。
子どもの発見を一緒に喜ぶ。
このようなポジティブな養育が、ことば、考える力、感情の調整、人と関わる力を支えていきます。
幼児教育は、将来のために子どもを急がせることではありません。
子どもが将来、自分の力で学び、人と関わり、困難に向き合うための土台を、今の発達に合わせて丁寧に育てることなのです。
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執筆:中山 快(株式会社リコポ 代表)