「マザリング」とは?子どもの心を育てる温かな関わり
赤ちゃんや幼い子どもにとって、食事や睡眠などの身体的なお世話はもちろん大切です。
しかし、それだけでなく、
「抱いてもらう」
「泣いたときに応えてもらう」
「優しく話しかけてもらう」
「安心できる人がそばにいる」
といった、人との温かな関わりも、その後の心や社会性の発達に大きく関係します。
このような子どもへの養育的な関わりを表す言葉の一つが、「マザリング(mothering)」です。
マザリングとは
マザリングとは、乳幼児に対して、抱く、あやす、話しかける、気持ちを受け止めるなど、安心感を与えながら養育する関わりを意味します。
名前には「mother」が入っていますが、現在この考え方を理解するときに大切なのは、必ずしも実の母親だけが行うものではないということです。
父親、祖父母、保育者など、継続的に子どもと関わる養育者も、子どもにとって重要な存在になります。
WHOも、乳幼児の健やかな発達には、温かく応答的で、子どもの働きかけに応える養育者との関係が重要だとしています。
つまり、マザリングで重要なのは「誰が行うか」よりも、子どもが安心できる、継続的で応答的な関わりがあることなのです。
参考(オープン大学)幼少期の愛着
ハーロウの実験が示したもの
マザリングを考えるうえで有名なのが、アメリカの心理学者ハリー・ハーロウの研究です。
ハーロウは、アカゲザルの赤ちゃんを使い、
- ミルクを与える針金製の「母親」
- ミルクは与えないものの、柔らかい布で覆われた「母親」
を用意して、その行動を観察しました。
すると、赤ちゃんザルはミルクを飲むとき以外の多くの時間を、柔らかい布の母親にしがみついて過ごしました。
また、不安や恐怖を感じたときにも、布製の母親のところへ向かう行動が見られました。
この研究から注目されたのが「接触安慰(contact comfort)」という考え方です。
つまり、乳幼児にとって大切なのは、単に食事を与えてもらうことだけではなく、柔らかさやぬくもり、触れ合いによって安心感を得ることだと考えられたのです。
もちろん、この実験は動物を強く孤立させる方法を用いており、現在の研究倫理から見ると大きな問題があります。
それでも、愛着は食物を与えることだけで生まれるわけではないことを考えるきっかけとなった、心理学史上重要な研究です。
ウィニコットとマザリング
もう一人、乳幼児と養育者との関係を考えるうえで重要なのが、イギリスの小児科医・精神分析家ドナルド・ウィニコットです。
ウィニコットは、子どもの健やかな発達には、安心して存在できる環境が必要だと考えました。
そこで知られているのが「ホールディング環境」という考え方です。
ホールディングとは、文字どおり「抱える」「支える」という意味です。
実際に赤ちゃんを抱くことだけではなく、
「泣いたら応えてもらえる」
「不安なときに守ってもらえる」
「自分の気持ちを受け止めてもらえる」
という、身体的・心理的な安心感を含んでいます。
また、ウィニコットは「ほどよい母親(good-enough mother)」という考え方でも知られています。
これは、「完璧な母親でなければならない」という意味ではありません。
むしろ反対です。
最初は赤ちゃんの要求に丁寧に応えながら、成長に合わせて少しずつすべてを先回りしなくなることで、子どもは小さな欲求不満を経験しながら、自分で対処する力や自立する力を育てていくと考えました。
子育てに100点満点の完璧さを求める必要はない。
安心できる関係を基本にしながら、子どもの成長に合わせて関わっていく。
ウィニコットの考え方には、現代の子育てにも通じる大切な視点があります。
マターナル・デプリベーション(母性剥奪)との関係
マザリングと反対の側面から考えられるのが、マターナル・デプリベーション(maternal deprivation)です。
日本語では「母性剥奪」などと訳されます。
この問題を広く知らしめた人物の一人が、愛着理論で知られるジョン・ボウルビィです。
ボウルビィは1951年、WHOの報告書『Maternal Care and Mental Health』の中で、乳幼児期に継続的で安定した養育関係を得られないことが、子どもの発達に影響する可能性を指摘しました。
その後の研究では、「母親と離れたこと」だけを単純に問題とするのではなく、
- 安定した養育者との関係があるか
- 関わりの質がどうであるか
- 分離がどの程度続いたのか
- 代わりとなる養育者との関係があるか
など、さまざまな条件を考える必要があることが分かってきました。
そのため、「母親が少し離れただけで子どもに悪影響が出る」と考えるのは適切ではありません。
重要なのは、子どもが安心して頼ることのできる人との安定した関係を持てることです。
マザリングはなぜ重要なのか
乳幼児は、自分の気持ちをすべてことばで説明することができません。
泣く。
笑う。
手を伸ばす。
声を出す。
顔をそむける。
そうした行動によって、自分の状態を周囲に伝えています。
大人がその働きかけに対して、
「お腹がすいたのかな」
「びっくりしたね」
「楽しいね」
と応えていくことで、子どもは少しずつ、
「自分が働きかけると、誰かが応えてくれる」
という経験を重ねます。
こうした温かく応答的な関係は、子どもの感情、認知、社会性などの発達を支える重要な環境になります。WHOも、乳幼児期の応答的な養育を、心や脳の健やかな発達を支える重要な要素として位置づけています。
マザリングとは、子どもを甘やかすことでも、常に要求どおりにすることでもありません。
子どもの気持ちを受け止め、必要なときには守り、成長してきたら少しずつ自分でできるように支えること。
その繰り返しによって、子どもは安心できる場所を土台にしながら、少しずつ外の世界へ踏み出していきます。
幼児教育を考えるとき、文字や数字、知識を教えることだけに目を向けるのではなく、こうした**「安心して学び、挑戦できる人との関係」**をつくることも、非常に大切な教育の土台なのです。
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