童心主義とは何か―子どもの純粋さをめぐる理想と、現代教育への問い
子どもは、大人にはない純粋な心をもっている――。
このような子ども観を文学や芸術の中心に置いた考え方が「童心主義」です。童心主義は、大正期から昭和初期にかけての児童文学や童謡に大きな影響を与えました。
子どもの感性や想像力を大切にした点は、現代の教育にも通じています。一方で、「子どもは純粋無垢な存在である」と決めつけることには注意も必要です。
今回は、童心主義が生まれた背景やその意味、現代の教育に受け継ぎたいことと、距離を置くべきことについて考えます。
目次
- 童心主義とは
- 大正期に「子ども」が再発見された
- 童心主義が重視した「純粋無垢」
- 児童文学や童謡に与えた影響
- 童心主義がもたらしたもの
- 現代の教育に通じること
- 童心主義と距離を置くべきこと
- まとめ
1.童心主義とは
童心主義とは、子どもの心を純粋で無垢なものと捉え、その感性や想像力、素直な表現を尊重しようとする考え方です。
「童心」という言葉には、子どもの心という意味だけでなく、打算や欲望に染まっていない、純真な心という意味も込められています。
童心主義では、子どもは未熟な大人ではなく、大人が失ってしまった大切な感性をもつ存在として捉えられました。
子どもを一方的に教え導く対象と見るのではなく、その内面に価値を見いだしたところに、童心主義の大きな特徴があります。
※参考(日本の子ども文学)国立国会図書館国際子ども図書館
2.大正期に「子ども」が再発見された
明治期の日本では、子どもは将来、国や社会を支える人材として育てるべき存在と考えられる傾向がありました。
児童向けの読み物にも、勤勉、忠誠、立身出世などの価値を教える役割が求められていました。
しかし、大正期に入ると、自由や個性を重視する新しい思想が広がります。その中で、子どもを大人の都合に合わせて育てるのではなく、子ども自身の心や感性を尊重しようとする動きが生まれました。
1918年には、鈴木三重吉が児童雑誌『赤い鳥』を創刊します。
『赤い鳥』は、子ども向けの読み物を単なる教訓の道具にするのではなく、芸術性の高い文学や童謡を子どもに届けることを目指しました。
この動きを中心として、「童心」の文学が大きく広がっていきます。
3.童心主義が重視した「純粋無垢」
童心主義の中心にあった価値が、子どもの「純粋無垢さ」です。
当時の文学者たちは、子どもの心には、大人の社会にある損得勘定や打算、権力への欲望とは異なる美しさがあると考えました。
自然に驚く心、弱いものに寄り添う優しさ、空想の世界を信じる力、悲しみを素直に感じる感性などが、童心の表れとして描かれました。
童心は、子どもだけがもつものではありません。大人の中にも残っている、幼い頃の記憶や純粋な感情として捉えられることもありました。
そのため、当時の童話や童謡の中には、子どもに向けて書かれながら、大人の郷愁や理想が強く表れた作品もあります。
童心主義は、現実の子どもをそのまま描いたというより、大人が「子どもとはこうあってほしい」と願った理想の子ども像でもあったのです。
4.児童文学や童謡に与えた影響
『赤い鳥』をはじめとする児童雑誌には、鈴木三重吉、小川未明、芥川龍之介、有島武郎、北原白秋、西條八十、野口雨情など、多くの文学者や詩人が参加しました。
それまでの子ども向けの物語には、善悪や道徳を分かりやすく教えるものが多くありました。
童心主義の文学では、教訓を直接伝えることよりも、物語の美しさや不思議さ、寂しさ、優しさなどを味わうことが重視されます。
また、『赤い鳥』では、子どもたちから綴方、自由詩、自由画などを募集しました。
大人が作った作品を子どもに与えるだけでなく、子ども自身の言葉や絵を一つの表現として認めたことにも、大きな意味があります。
子どもの表現は、大人の作品を小さくしたものではありません。子どもにしか見えない世界や、子どもにしか表せない感情があるという考えが広がっていきました。
5.童心主義がもたらしたもの
童心主義の大きな功績は、子どもの内面そのものに価値を見いだしたことです。
子どもを将来のために訓練するだけの存在ではなく、今を生き、感じ、考えている一人の人間として捉えようとしました。
また、子どもにも優れた文学や芸術に触れる権利があるという考え方を広げました。
子ども向けだからといって内容を単純にしたり、教訓だけを並べたりするのではなく、美しい言葉や豊かな物語を届けようとしたのです。
子どもの想像力や感性を信頼し、その表現を尊重した点は、日本の児童文学や児童文化の発展に大きな影響を与えました。
6.現代の教育に通じること
童心主義から現代の教育に受け継ぎたいのは、子どもの内面を尊重する姿勢です。
現代の幼児教育でも、子どもの主体的な活動や、自発的な遊びが大切にされています。
大人がすべてを教え込むのではなく、子どもが何に興味をもち、何を感じ、どのように表現しようとしているのかを丁寧に見ることが求められます。
例えば、子どもが描いた絵を大人の基準で直すのではなく、
「これは何を描いたの?」
「どんな気持ちなのかな?」
と尋ねることで、子どもの世界を知ることができます。
童心主義が大切にした想像力、感性、自由な表現は、現在の遊びを通した学びや、子どもの主体性を尊重する教育にもつながっています。
また、子どもを大人の目的を達成するための手段にしないという考え方も重要です。
将来の受験や就職だけを見て、今の子どもの気持ちや生活を犠牲にしてしまえば、教育は子どものためのものではなくなってしまいます。
子どもの「今」にも価値があるという視点は、現代の教育においても忘れてはならないものです。
7.童心主義と距離を置くべきこと
一方で、童心主義をそのまま現代の教育に当てはめることはできません。
最も注意したいのは、「子どもはいつでも純粋で、無邪気で、優しい存在だ」と決めつけてしまうことです。
実際の子どもには、優しさだけでなく、怒りや嫉妬、不安、欲求、攻撃性もあります。うそをついたり、友達と物を取り合ったり、自分の利益を優先したりすることもあります。
しかし、それらは子どもの心が汚れていることを意味しません。
さまざまな感情をもち、失敗や葛藤を経験しながら、人との関わり方を学んでいくことも成長の一部です。
「子どもは純粋であるべきだ」という理想を押しつけると、子どもが見せる怒りやずるさ、弱さを受け入れられなくなる可能性があります。
また、すべての子どもを「子ども」という一つのイメージでまとめることにも注意が必要です。
子どもの性格や発達、興味、家庭環境、生活経験は一人ひとり異なります。社会や家庭の困難を抱えている子どももいます。
子どもの純粋さを語るだけでは、その子が置かれている現実的な問題を見落としてしまうことがあります。
さらに、子どもの主体性を尊重することは、何でも自由にさせ、大人が関わらないことではありません。
子どもの思いや興味を理解しながら、安全な環境を整え、必要な言葉を伝え、人との関わり方を支えていくことが大人の役割です。
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