赤ちゃんは顔をどう見分けるのか 「顔らしさ」から「この人」へ
前回の記事では、赤ちゃんが「顔らしいもの」に敏感に反応することをお伝えしました。
今回はその続きとして、赤ちゃんが異なる顔同士をどのように見分けていくのかを考えていきます。
赤ちゃんにとって顔を見分けることは、身近な養育者を知り、安心できる人との関係を築くための大切な力です。
※前回の記事 赤ちゃんの顔の認識 視力が低くても、顔には敏感に反応する
目次
- 「顔かどうか」と「誰の顔か」は違う
- 顔同士を見分けるには、細かい処理が必要
- 赤ちゃんにとって人を識別することは大切
- 新生児でも母親の顔に注目する
- 顔の中の要素を少しずつ見分けていく
- よく見る顔に敏感になる「人種効果」
- 鏡の中の顔を「自分」と分かるのは意外に遅い
- まとめ:赤ちゃんは顔を通して人との関係を学んでいく
「顔かどうか」と「誰の顔か」は違う
赤ちゃんは、視力がまだ未熟な時期から、顔らしいものに関心を向けると考えられています。
前回ふれたファンツの研究のように、赤ちゃんは単純な模様よりも、顔らしい配置や複雑な図形に注目しやすいことが知られています。
しかし、ここで大切なのは、「顔だと分かること」と「誰の顔かを見分けること」は同じではないという点です。
たとえば、大人でも遠くに人が立っていれば「人がいる」と分かります。
でも、それが誰なのかを見分けるには、顔の細かな違いを見なければなりません。
赤ちゃんにとっても同じです。
「これは顔らしい」と感じることと、
「これはいつもお世話してくれる人の顔だ」と分かることでは、必要な処理が違います。
顔同士を区別するには、より細かい情報を受け取る必要があります。
※参考(PMC)乳児の顔認識に関するレビューでも、赤ちゃんは出生後早い時期から顔に敏感で、身近な養育者の顔に注意を向けやすいことが整理されています。乳幼児期における顔の知覚と処理:先天的な素因と発達上の変化
顔同士を見分けるには、細かい処理が必要
顔は、どれも似た構造をしています。
目がある。
鼻がある。
口がある。
輪郭がある。
表情がある。
大きな配置は、多くの人で共通しています。
だからこそ、「この人」と「あの人」を見分けるには、細かな違いに気づく必要があります。
目の形。
口元の動き。
輪郭。
髪型。
表情。
顔全体の雰囲気。
声やにおい、抱っこの感覚との組み合わせ。
赤ちゃんは、こうした情報を少しずつ結びつけながら、人を見分けていきます。
もちろん、赤ちゃんが最初から大人のように顔を細かく分析しているわけではありません。
でも、日々の関わりの中で、赤ちゃんは少しずつ「よく見る顔」「安心できる顔」「聞き慣れた声と一緒に現れる顔」を覚えていきます。
赤ちゃんにとって人を識別することは大切
赤ちゃんにとって、人を識別することはとても大切です。
なぜなら、赤ちゃんは一人では生きていけないからです。
お腹がすいたときに世話をしてくれる人。
泣いたときに抱っこしてくれる人。
眠いときに安心させてくれる人。
声をかけてくれる人。
いつも近くにいてくれる人。
赤ちゃんにとって、身近な養育者を知ることは、安心して生きていくための重要な手がかりになります。
顔は、そのための大切な情報源です。
顔を見ることで、赤ちゃんは「この人はいつもの人だ」「安心できる人だ」と少しずつ感じていきます。
これは、単なる視覚の問題ではありません。
顔、声、におい、抱っこの感覚、日々のお世話のリズム。
それらが重なって、赤ちゃんは人を知っていきます。

新生児でも母親の顔に注目する
赤ちゃんの顔認識については、興味深い研究があります。
出生後まもない新生児でも、母親の顔と見知らぬ女性の顔を区別し、母親の顔の方を長く見ることが報告されています。レビュー論文でも、出生後数時間のうちに母親の顔を認識し、見知らぬ女性の顔よりも好むことが紹介されています。
また、生後4日の新生児が、母親の顔を見知らぬ人の顔より長く見ることを示した研究もあります。
これはとても大切な視点です。
赤ちゃんは視力が低いからといって、何も分かっていないわけではありません。
ぼんやりした視界の中でも、赤ちゃんは身近な人の顔や声、におい、関わりのリズムを手がかりにして、「いつもの人」を少しずつ知っていきます。
顔の中の要素を少しずつ見分けていく
成長とともに、赤ちゃんは顔の中の細かな要素にも少しずつ敏感になっていきます。
最初は、顔全体の大まかな配置や、強いコントラストに反応しているかもしれません。
しかし、月齢が進むにつれて、
目の位置。
口の動き。
表情の違い。
顔全体のまとまり。
見慣れた顔と見慣れない顔の違い。
こうした情報を、少しずつ処理できるようになっていきます。
赤ちゃんは、日々の関わりの中で顔を学んでいます。
保護者が笑いかける。
赤ちゃんが見つめる。
声をかける。
赤ちゃんが表情を返す。
いつもの顔と声が繰り返し結びつく。
こうしたやり取りの中で、赤ちゃんにとって顔は「人とのつながり」を表す大切な情報になっていきます。
よく見る顔に敏感になる「人種効果」
顔の見分け方には、経験も関わります。
赤ちゃんは成長する中で、よく見る顔に対して敏感になっていきます。
たとえば、よく目にする人種の顔は見分けやすくなり、あまり目にしない人種の顔は区別しにくくなる傾向があります。これは他人種効果、または発達の文脈では知覚的狭小化として説明されることがあります。
研究では、3か月児は複数の人種の顔を識別できた一方で、6か月ごろには識別できる範囲が狭まり始め、9か月ごろには主に自分がよく見る人種の顔に認識が限られる傾向が示されています。
ここで誤解してはいけないのは、これは差別や好き嫌いの話ではないということです。
赤ちゃんの脳が、日常でよく見る情報に合わせて調整されていく、という発達の話です。
言葉でも同じようなことがあります。
赤ちゃんは最初、さまざまな音の違いに敏感ですが、成長する中で、よく聞く言語の音により敏感になっていきます。
顔の認識も、それと似ています。
よく見る顔を、より細かく見分けられるようになっていく。
それは、赤ちゃんが自分の生活する環境に適応している姿でもあります。
鏡の中の顔を「自分」と分かるのは意外に遅い
顔の認識を考えるとき、もう一つ面白い点があります。
それは、赤ちゃんが鏡に映った顔を「自分だ」と判断できるようになるのは、意外に遅いということです。
大人にとっては、鏡に映った自分の顔を見て「自分だ」と分かるのは当たり前です。
しかし、子どもにとってはそうではありません。
鏡の中に映っている顔を、最初は「別の子」「目の前にいる誰か」のように感じている時期があります。
鏡像自己認識を調べる有名な研究では、子どもの鼻などに目印をつけ、鏡を見たときに自分の顔の印に触れるかどうかを調べます。アムステルダムの研究は、2歳前後にかけて鏡に映った自分を認識する反応が発達していくことを示した研究として知られています。
近年の整理でも、18〜24か月ごろに鏡の中の印を自分の顔の印として扱う子が増えると説明されています。
つまり、赤ちゃんや小さな子どもは、他者の顔を見分ける力を育てながら、やがて「これは自分の顔だ」という自己理解にも向かっていきます。
顔の認識は、人を知る力であると同時に、少しずつ自分を知る力にもつながっていきます。
※関連の記事です。【自己鏡映像認知】鏡の中の「自分」を知る瞬間 心の成長が始まる時
大人ができる関わり方
赤ちゃんの顔認識を育てるために、特別な訓練をする必要はありません。
大切なのは、日々の安心できる関わりです。
近くで顔を見せる。
やさしく声をかける。
赤ちゃんが見つめたら、ゆっくり表情を返す。
笑顔で応える。
「ママだよ」「パパだよ」「いるよ」と声をかける。
疲れているときは、無理に刺激しない。
こうした普通の関わりが、赤ちゃんにとっては大切な学びになります。
赤ちゃんは、顔だけを見ているのではありません。
顔と声。
顔と抱っこ。
顔と安心感。
顔と日々のお世話。
それらを一緒に受け取りながら、人を知っていきます。
大人ができることは、赤ちゃんにたくさんの情報を詰め込むことではありません。
安心できる人として、繰り返し関わることです。
赤ちゃんにとって、いつもの顔は、安心の看板のようなものです。
看板は派手でなくても大丈夫です。毎日ちゃんとそこにあることが、何より大切です。
まとめ:赤ちゃんは顔を通して人との関係を学んでいく
前回の記事では、赤ちゃんが「顔らしいもの」に敏感であることを見てきました。
今回はさらに進んで、赤ちゃんが異なる顔同士をどのように見分けていくのかを考えました。
顔同士を区別するには、細かな情報処理が必要です。
それでも赤ちゃんは、出生後早い時期から身近な養育者の顔に注目し、日々の関わりの中で少しずつ人を識別していきます。
成長とともに、赤ちゃんは顔の中の要素や、見慣れた顔の特徴に敏感になります。
よく見る顔を見分ける力も育っていきます。
そして、鏡に映った顔を「自分」と分かる力は、さらに時間をかけて発達していきます。
顔は、赤ちゃんにとってただの形ではありません。
人を知る手がかりです。
安心できる人を知る入口です。
やがて、自分自身を知る力にもつながっていきます。
赤ちゃんは、顔を通して、人との関係を少しずつ学んでいるのです。
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執筆:中山 快(株式会社リコポ 代表)